上目遣いにしげしげと見つめる。
この人と瑠駆真が、姉弟? あ、でもミシュアルさんには二歳の弟がいるんだっけ? 兄弟って、世界が変わればいろいろで、自分の常識が世界でも通用するってワケではないのかな。って、メリエムさんが何歳かなんて知らないんだけどさ。年齢とか見た目とか血の繋がりとかに拘る方がおかしいのだろうか?
世の中の広さを感じ、自分の知らない世界の存在を感じ、なんとなく自分の小ささを感じる。
私の悩みなんて、この世界の広さに比べたらちっぽけなモノなのだろうか? いや、でも、だからといって、やはり忘れたいモノは忘れたい。
「本当にルクマの事、ごめんなさい。ルクマはちゃんとあなたに謝罪したのかしら。できるなら彼と一緒にちゃんと」
「あ、いや、あの、だからそれはもう」
とにかく忘れたい。謝ってもらうくらいならば、思い出させないでほしい。
お互い視線を合わせる事もできずにモゴモゴと口を動かす。暑いような寒いようななんとも不可思議な感触が全身に覆いかぶさってくるようで、美鶴は落ち着かなかった。
唇の感触。甘い囁き。大きな掌。切ない吐息。
ヤダ、変なコト思い出しちゃった。
落ち着こうと思えば思うほど頭が混乱する。
どうすればいいのかわからず視線を泳がせる相手に、メリエムが少し頭を下げた。慣れていない仕草だというのがよくわかる動きだ。
「本当に、ごめんなさい。ルクマがあんなコトをしてしまって」
「もういいです。本当に」
「あれから何かされていない? ルクマがまた変なコトをしたとか」
「してません。何もされてませんっ」
「何かされたらすぐに私にでも連絡をちょうだいね。またキツく言っておくわ」
「もういいですよ。じゃあこれで」
とにかくその話題を早く打ち切りたくて、美鶴は強引に背を向けた。
少し歩いて振り返ると、思ったとおり、メリエムは店の前でこちらを見送っていた。美鶴はとりあえず小さく頭を下げ、今度は振り返らずに家路についた。
じっくり考えろって言われてもなぁ。
自宅で、机の上で頬杖をつきながら考える。
あれから数日。時々、思い出したように考え込んでしまう。
自分の生死に関わるような事ではないが、選択を迫られているのだから、答えは出さなければならない。だが正直、事を現実として捉える事すらできないでいる。
だってそうでしょう? 王族だとか王位だとか継承だとかって、あまりに突飛で想像もできないよ。ラテフィルって国の事だって全然知らないし。
瑠駆真って、本当にそういう世界の人なのか?
今日も駅舎で同じ時間を過ごした。向かいに座る彼は、ごく普通の高校生だ。麗しい容姿とその物腰は人の目を惹きつけるだろうが、それでもやっぱり普通の高校生にしか見えない。
それが、実は中東の小国の王族。
ひえぇ。世界が違い過ぎるって。そんな人と一緒に私がラテフィルへ? 全然理解できないんですけど。
静かな夜。時計の音だけが規則正しい。
そんな人が、私に好意を持ってくれている。
全然、理解できないよ。瑠駆真、どうするんだろう? 私が行かなければ、彼も行かないのだろうか?
だったらどうなるの?
シャーペンを置いて、天井を見上げる。
瑠駆真は、高校を卒業したら、どうするんだろう? 大学へ進むのだろうか?
以前、聞かれた事がある。美鶴はどのような進路を選択するのかと。美鶴の進む道が自分の進む道だと言われた。
私の進路。
また思い出したくもない問題を思い出してしまった。もう三年だし、いい加減、決めなくちゃならないんだろうけど。
引き出しにしまいこんだ、進路指導の紙っぺら。美鶴が決めなくとも、学校が勝手に決めてくれる。
それに従えばよいのだろうか? だが、学校が提示してきた大学はどれも一流で、関東や関西の私立学校も多い。交通費や受験料はきっとこっち持ちなのだろうから、受けるだけでもそれなりにお金が掛かる。
承諾できる内容ではない、と思う。
拒否したらどうなるんだろう? やっぱ退学?
「はぁ」
大きな溜息が出る。
こんなんだったら、いっそ本当に学校辞めてしまって、ラテフィルってところにでも行ってしまった方が楽なのかなぁ? でもそれだと霞流さんには会えなくなってしまうワケで。
それは嫌だ。それだけは嫌だ。今だって、会えなくって淋しいのに。
淋しい。
途端、ボッと頬が熱くなる。
だって、本当に淋しいのだから仕方がない。
こんなんじゃ、一ヶ月以上も日本離れるなんて、できっこないよ。
でもメリエムさん、本当に困ってたみたいだし。
でもさ、だいたい、なんで私が瑠駆真に同行しなくちゃならないワケ? 本当に瑠駆真、私と一緒にラテフィルへ行きたいだなんて言ってるのか? ラテフィルに行けば帰れなくなるかもしれないなんて、そんなのちょっと大袈裟なんじゃない? そんな駄々っ子みたいな事、瑠駆真が言うか? あの瑠駆真が?
想像してみる。自分よりもずっと聡明で、賢くて、勘も良くって、美鶴の嘘などすぐに見破ってしまう。
あの瑠駆真が、そんな子供じみた理由でメリエムさんからの誘いを断ったりするのだろうか?
確かめてみようか?
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